FC2ブログ
    対馬における日朝文化交流


 12次朝鮮通信使は、対馬までの易地通信であったが、対馬にとっては沈滞した経済を活性化する絶好のチャンスとなった。

 港湾の改修、道路の整備、宿館の新築、宗氏藩邸の大改築など幕府資金12万両が投じられた。
 通信使の饗宴の調度品である、茶碗、皿,おひつなどはすべて新調された。焼物の多くは信楽(滋賀県)の窯で作られたものであった。

  対馬府中
       対馬府中 現在の厳原

 通信使一行の328人が府中に到着し、幕府から派遣された役人、儒者、芸人や荷役船頭ら3千数百人が島外から訪れ対馬は大いに賑わった。

 通信使一行の人数は以前より少なかったが、構成員は変わらなかった。
 製述官(文才、筆談唱和、文章の起草に当たる)
 写字官(書字に長けた者)・画員(画家)
 良医(医術精通者)・楽工(楽器手)・吹手(角笛吹き)
 押物官(輸送担当通訳)・訳官(通訳)
 小童(三使・堂上・製述官に従い沿道で踊りを披露)など有能な人材が選ばれてきた。
 
 通信使一行は、対馬府中に入ると制服を揃え、伝統的な吹奏と舞のパレードを行い威容を誇った。

 対馬島主は下船宴を張り、日本の鳴り物と遊戯を披露した。これに答え踊りの上手な小童が戦笠をかぶり踊りを踊ると、江戸の使者と島人たちは皆称賛し喝采したと言う。
 
 国書伝令式後、朝鮮の力士(軍官)が手で碁石を握り潰す怪力を発揮し朝鮮の力を誇示する与興があった。

 当時の「文化交流」とは、自国の特技を自慢することであった。島主は日本の技術水準を見せる「絡繰(からくり)人形」を披露した。
 『使行録』には「・・内部に機輪を装置して美人が琴を弾く形態を作り、運転に従って音が出るので、すがすがしく聞くに値するものである」と記している。「絡繰り人形」は当時、ヨーロッパの技術と肩を並べる精巧さを持っていたと言われる。使臣たちはその高い技術に驚いたようである。

 幕府の使臣も、文化交流のために江戸の芸人や大阪の演芸人を連れてきて遊戯を見せた。太鼓、琴、三味線、笛の音が耳慣れないため奇異の感にうたれた使臣たちは、演技者らにさまざまな品物を褒美として与えたという。

 しかし、朝鮮通信使が考える文化交流とは、通信使の得意とする詩文によって日本の文士と唱和することであった。
 
 対馬府中で詩会が開かれた。この場には、朝鮮側は製述官李顕相(リヒョンサン)はじめ数名が参加し、日本側は、以酊庵長老や幕府が送った林家(羅山)7代大学頭林述斎をはじめ、昌平坂学問所の教授古賀精里、加賀藩の三宅橘園、会津藩の樋口留川、佐賀藩の草場凧川ら幕府が選抜した当時の優れた儒官が遠くからやってきた。
 
 詩会の詳しい内容は記録に残っていないが、以酊庵長老が使臣に送った律詩が『使行録』に載せられている。
 「隣好皇華答聖朝」(善隣の使臣は聖朝にこたえる)という一句で、ここにいう「皇華」は「天使の使臣」のことで、通信使を「天使の使臣」と称えた美辞麗句で、使臣の自尊心を満足させるものであったため、この詩だけが記録されたようである。

 *以酊庵=対馬にあった禅寺、1636年、幕府は五山の碩学(=学僧)をここに派遣して、朝鮮との往復書簡のことや朝鮮からの使者の接待などにあたらせた。現在の対馬市厳原町西山寺。

 幕府の儒官の中で、主役は「寛政の三博士」の一人、古賀精里で、彼は『李退渓書抄』全10巻を持ってきて、李退渓(朝鮮朱子学の大家)の陶山書院(韓国慶尚道安東市)へ伝えてくれるよう使臣に託した。『李退渓書抄』10巻は、現在も「陶山書院」に保管されている。

  李退渓
       韓国紙幣に載る李退渓

  安東
       陶山書院 慶尚道安東市

 当時、幕府は「寛政の改革」の一環として1790年、朱子学を正学とし、湯島聖堂において正学以外の異学の教授を禁じた。この「寛政異学の禁」を推し進めた人物の一人が古賀精里であった。
 「李退渓書抄」が日本で編纂されるほどであったから、使臣たちは朱子学があたかも日本の学問の主流であるかのように理解したのである。
 しかし、官学の朱子学とは異なり、自主的に成長した国学は、日本の思想界に新たな気運をまきおこしつつあった。国学者らは、朝鮮、中国に背を向け通信使を好ましくない存在として見ていた。

 狭い対馬に限られた易地通信では、日本の情勢を詳しく把握できない状況にあったのである。そのため通信使らは、このような日本の思想界の新たな気運を全く感知するこなく文化交流を終え帰国することになった。

  厳原1
      対馬厳原港祭り 毎年8月初

 その後も朝鮮は、訳官らを対馬に派遣して、幕府の関係者と接触したが、日本国内の情勢・状況を把握できず、新しい時代の対応に遅れをとる要因の一つなったと思われる。
 つづく
Secret

TrackBackURL
→https://tei1937.blog.fc2.com/tb.php/672-fa1ea36b