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2018.01.04 朝鮮通信使1
 朝鮮通信使、「世界記憶遺産」に登録

    釜山風景
  対馬北端ワニ浦展望台から対岸のプサンを望む

  2017年10月30日,
 江戸時代の朝鮮通信使に関する記録が、歴史的に価値の高い文章などを対象とした
 国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録された。
 2016年の春,朝鮮通信使の記録をユネスコに申請してから、
 わずか1年半の短い期間で登録が認められたのは、日韓両国の2団体が協力したからである。

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  「世界記憶遺産」登録の新聞ニュース 

  世界遺産の申請は、主に当該国が申請するものであるが、
 今回、日韓2団体が国境を越えて共同して申請したことは、 平和を目的にしているユネスコの精神・理念そのものであったと言えるだろう。
 申請したのは、NPO法人「朝鮮通信使縁地連絡協議会」(長崎県対馬市)と韓国の釜山文化財団。
 日本側の資料は、「朝鮮国書」、「朝鮮国通信使絵巻」などの記録画、対馬藩の資料を含め、12都府県にある48件209点。
 韓国側は、各回の使行録(通信使の日記)や文化交流の中で作られた詩画など63件124点。
 両国の資料合わせて、111件333点の外交記録、旅程の記録、文化交流関係記録である。
 朝鮮通信使の善隣友好・平和外交は、現代の世界に通じるものである。
 その記録の「世界遺産」登録は、平和を願う世界人々にとっても意義あることであろう。。
  「世界遺産」登録のニュースに、
 連絡協議会の松原一征(かずゆき)理事長は「世界の人々に朝鮮通信使を平和友好の参考事例としてもらいたい」と語った。
 連絡協議会関係者はもちろん、関連市町村の人々は喜びに湧いた。

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    朝鮮通信使の正使が乗った船

 それでは、朝鮮通信使とはなにか?
 どうして朝鮮通信使が始まったのか?
 鎖国をしていた徳川幕府が朝鮮と国交が開いたのはどうしてか?
 12回・200年間もつづいた朝鮮通信使は、何をもたらしたのか?
 民衆レベルの文化交流は、どのように行われたのか?
 関係市町村以外、朝鮮通信使について一般的に知られていないのはなはぜだろうか?

   ルート
      朝鮮通信使往還ルート図

 今回、朝鮮通信使「世界記憶遺産」登録のニュースに接し、
 これらの疑問に筆者自身が殆んど答えられない.
 朝鮮通信使についての知識が希薄であると気ずかされたのであった。
 そして、この機会に朝鮮通信使についての勉強を始めようと思いたった。
 これから始める「朝鮮通信使」の記事は、筆者の勉強過程をそのまま掲載るものである。
 読者皆さんの忌憚のない意見・叱咤激励を請い願っております。 つづく
 
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