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       定林寺石塔   
   (じょうりんじせきとう)

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   高さ8,3m 7世紀初 扶余

  百済は仏教を受け入れ、寺院を初めて建立した時は、高句麗にならって中国の望楼式木塔を仏塔としたのであるが、次第に朝鮮に豊富にある石材の塔になっていった。
  1400年前に建てられたこの石塔が完全な形で残っていることは石造物であるとはいえ奇跡的なことである。
  この塔は、木造建築を石材によって忠実に模倣したものであるが、塔の各部を簡素化し、石材の数や大小を整備しなががら、いわゆる百済式石塔の典型的形式を作り上げた。
  百済人は豊富にある石材を創造性に加えて、芸術性をつけくわえた。
 この石塔は、最下部にやや低い一層の基壇があり、その上にエンタシスをもった柱が四本立って初層となり、
 塔身の幅が上層に登りながら急減すると共に、薄く広く伸びた屋根の幅も調和を保ちながら縮小し、かつ四隅が軽く上転して木像屋根のような軽快で美しい効果を出している。
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