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2016.10.31 高麗の里63
     古代装束絵巻

  衣装祭


 高麗郡建郡1300年祭を彩るイベントが続いている。
 10月30日(日)、高麗神社にて
   にじのスカートがむすぶ浪漫    
       古代装束絵巻 
   ー高句麗・飛鳥・平城京から蘇る 美の祝祭
 行われるのを知り、筆者も見学に出かけた。

 神社に着くとすでに、古代平安の雅「12単」の着装と舞が始まっていた、
 雅やか笛の音に合わせて、美しい女性が12の衣を重ね着る実演である、
 「12単」・正装した平安女性の姿となり、その舞は見学者を完全に魅了した。
 最初と中間と最後の5枚の画像を掲載する。、


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 他に、和紙の高麗装束、創作「高麗の舞」
 高句麗壁画の話や壁画実物大の模写画の展示など、
 いろいろなプログラが用意されていた。
 雅やか、華やか、楽しませ、,勉強になる催しであった。
 撮ってきた画像・動画を次の機会に掲載していきたい。
  




       富士山初冠雪

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 10月26日朝、
 甲府地方気象台が富士山初冠雪を観察したと発表、
 平均年より26日、昨年より15日遅い観測である。
 過去、最も遅かった1956年に並ぶ
 観測史上最も遅い観測だという。
 この日の朝、筆者も富士山初冠雪を見た。


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  夕方、真っ赤に染まった空に富士山が浮かび上がり、
 
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 夕闇迫る頃は、久しぶりに見る美しい姿だった。

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 富士山が雪化粧すると、
 晩秋から冬へと駆け足でやって来る。
 また、1年が過ぎる。
       動画8

 10月中旬,昭和記念公園のコスモスまつりの見学に出かけた。
 もちろん、ブログ記事のためであるが,,何よりも動画作成のスキルアップをしたい思いで出かけた。
  何本か動画を撮ったが公開できそうなものは2本、まず一本目をご覧ください。




  筆者の何回かの動画を見て、手振れが激しいので東大和市民ネットのMumblersさんが三脚を貸して下さった。
 いよいよ本格的に動画スキルアップを図らねばと思いを新たにしている。
      エンゼルストランペット
 
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  東大和南公園のボランティア花壇に珍しい花が咲いているのが目に止まった。
 写真を撮り、花壇の案内版を見ると花名エンゼルストランペットとあり、
 次のような説明文があった。
 花言葉: ”遠くから私を思って
 科名:  ナス科
 別名:  ブルグマンシャ・ダチュラ
 源生地: 南北アメリカ

 
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 ゆるやかに広げた枝に大きなラッパ形の花を咲かせインパクト十分です、
 花は垂れ下がり、淡い黄色から白へと変わります。庭や大きな鉢に植えると、
 とても人目をひきエキゾチックな雰囲気を演出できるでしょう、
 夜になると 強いジャコウの芳香も魅力です、八重咲き種もある。

 他に、花壇で特に目立つ花がヤナギバヒマワリ(柳葉向日葵)・
 ゴールデンピラミッドである。 花言葉:”崇拝


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 背丈一メートル位の枝にレモンイエロウー花を一杯咲かせる。
 秋空の下、黄色の花が映えて美しい。
       動画7
 多摩モノレールは東京都の多摩地区を南北に結ぶ唯一の路線、
 北の終点は北台駅(東大和市)・南の終点は多摩センター(多摩市)である。
  東大和市内には、この他に桜街道駅・玉川上水駅がある。
 筆者の住む高層アパートは、桜街道駅と玉川上水駅の間、路線に面している。
 モノレールが桜街道から玉川上水に向かう様子を動画で撮って見た。
 



 先の動画はカメラの動きが速いと指摘されたので、改善したつもりであるが、 まだまだ未熟である。
 もう少しましな動画を届けるためスキルアップしていきたい。
2016.10.10 高麗の里62
      狭山湖底に沈んだ勝楽寺村

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                狭山丘陵の位置
 
 武蔵野台地の西北に広がる狭山丘陵は、東京都と埼玉県の県境にある。明治時代までは多摩郡と入間郡の境界にあった。
 現在、南の東京都側は東村山市・東大和市、武蔵村山市・瑞穂町、北の埼玉県側は所沢市・入間市(6市・1町)にまたがる、東西11km,南北4kmの広大な丘陵地帯である
 戦前、人口増加による東京都民の水不足を解消するために、狭山丘陵の中に村山貯水池(多摩湖1927年完成)と山口貯水池(狭山湖1934年完成)の二つの人造湖がつくられた。
 多摩・狭山の両湖は、武蔵野の面影を残す狭山丘陵の緑に包まれているため、景観がよく観光地・周辺住民の憩いの場所となっている。湖の堰堤に立つと、背景の森林が湖面に写る風景に感嘆する。天気の好い日は富士山が見え湖面に映る。訪れた誰もが、都会の雑踏から解放された気分に浸ることになる。。
  

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           狭山丘陵に造られて二つの人造湖

  
 そのため、観光客や周辺を散策する人は年々増えているが、湖底に沈んだ村があったことを知る人は殆どいない。
 多摩湖を市域内にもつ東大和市に居住する筆者もまた、人造湖を造るために立ち退きを余儀なくされた村民の苦労話は聞いていたが、いざ湖畔に立つと美しい景観と解放感に浸り、湖底に村があったことなど思いだすことはなかった。
 今回、「高麗の里」記事を作成するため、史料を調べる過程で、湖底に沈んだ集落の状態が現実の姿になって浮かび上がってきた。
 二つの人造湖が出来るまでは、狭山丘陵には西から東に並行して宅部川と柳瀬川が流れ下っていた。この二つの流れに沿って両側に集落が連なっていた。
 南側の宅部川を堰き止めダムを造った多摩湖では161戸の民家が湖底に沈んだ。
 北側の柳瀬川を堰き止めた狭山湖では282戸が沈み、1720余名の村民が移住を余儀なくされ、勝楽寺村は村ごと湖底に消えた。


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               狭山湖の風景

 
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       湖底に沈んだ鎌倉往還道 所沢から立川・八王子方面へ

 勝楽寺村には中心部の丘に勝楽寺があった。明治維新後、神仏分離により勝楽寺大坊は仏蔵院と七所神社とに別れた。狭山湖の建設により、七所神社は山口村の中氷川神社に移転・合祀された。仏蔵院は建造物をそのまま解体し、下山口村に移転移築した。所沢市山口の仏蔵院勝楽寺がそれである。
 狭山湖底に沈んだ勝楽寺村は、地図上からは消え失せたが、歴史に村名を残した。

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        狭山湖底に沈んだ仏蔵院勝楽寺

 古代、勝楽寺村には高麗人が居た伝説が残されていた。
 この伝説の真偽について、また、勝楽寺・仏蔵院勝楽寺の建立の由来など継続して調べて見たい。つづく
        秋の訪れ     
 
ボランティア花壇はにぎやかである。
 夏から咲きつづける花もあれば
 新しく咲き始めたもあり、
 目立つ花もあれば、野草のような小さい花もある。
 花の名を覚えるのが難しい、
 10月初旬、花壇には次のような花が咲いていた。
 パラパラとご覧ください

 
  かだん1

 載せられた花は
 バラ・ケイトウ・スイフヨウ・カンナ ・ワレモコウ
 コスモス・メランボジウム・・ジニア等である。
 筆者は花名が覚えられず苦労している、