川越唐人揃い1

  DSC_9688.jpg
    正使役ユ・ジョンモク氏の挨拶

 11月12日(日)
レトロな街で第13回「川越唐人揃い」があった。
筆者は一昨年、昨年につづいて見学してきた。

  DSC_9667.jpg
    川越豪商・榎本弥左衛門役の行列

今年は、「朝鮮通信使」がユネスコの世界記憶遺産に
正式に登録(10月30日)されたこともあって、
川越蔵つくりの街は例年になく盛り上がっていた。
今年の「朝鮮通信使」の正使役として、
釜山文化財団代表理事 柳鐘穆氏が務めた。

  DSC_9668.jpg
  はなこりあ 「はな」は「ひとつ」の意味

 その他、韓国から参加者を含め
 20団体・400人のパレードは

  PB124106.jpg
       子ども通信使

  DSC_9678.jpg
  ロクセラーナ中近東で発症した最古の踊り

  DSC_9666.jpg
    ベトナムグループ「シンチャオ」

 国際色に彩られ、
 沿道の観客を魅了するものであった。
 写真と動画を多数撮って来た。

  PB124115.jpg
      通信使上官の行列

 次回、動画を何回かに分けて掲載します。
   富士山とモノレール

夜の灯が点く頃、西の空に富士山がくっきり浮かぶ。
ときどき見かける光景である。
立体交差する玉川上水駅を出発したモノレールが
富士山を背に上北台方面に向かって通過する光景は、
いつ見ても新鮮な光景に映る。
動画をご覧ください。



わが街・東大和市の小さなスポットである。
          達磨図 
           だるまず

    img039.jpg
 達磨図 83-57㎝ ソウル国立博物館

 17世紀の朝鮮朝(李朝)を代表する画家は金明国(1600~1662)であろう。
 彼は山水と人物を良く描き、また「達磨図」のように優れた禅宗的な画を残した。
 彼の人となりが豪放で諧謔(かいぎゃく)に富んでいて、大酔した後に、初めて絵を描く癖があった。
 その絵の多くは酔って描かれたものだといわれている。
 彼は当時の代表的な画人として、朝鮮朝が日本に通信使を送る時、選ばれて1963年と1643年の2次にわたり江戸まで行ったという。

 通信大使
    朝鮮通信使行列  通信大使
 
 その時、使節団が日本各地に到着するや「多くの人々が大波のように集まり、小さな絵でも入手すると貴重な玉を得たように喜んだ」と伝えられている。
 金明国も求めに応じて多くの絵を描き残したと言われている。

 この「達磨図」は、江戸の文人たちが見守る中を、大きな毛氈(もうせん)に紙をのせ、盃になみなみと酒を注がせ、それを一気に飲みほし、
 そして、「いざ!」と気合を入れるや、豪快な輪郭と、細筆による目鼻と口のまわりの髭(くちひげ)と鬚(あごひげ)をたちまち仕上げた。
 その神業に、江戸の文人たちのあげる嘆声が聞こえてくるような絵ではないか!

 江戸入場
   朝鮮通信使 行列図

「朝鮮通信使」について、日韓両国の団体が正式にユネスコの世界記録遺産に登録申請中と言う。
 「朝鮮民族の美」は、この25回目をもって最終回とします。
          おわり

 追記 2017年11月12日(日)12時半~14時
     復活 「第3回川越唐人揃い」
   多文化共生・国際交流パレードが行われる。

    PB024095.jpg
   「川越唐人揃い」 チラシ

 毎年、この時期に行われる「川越唐人揃い」は、国際色豊かな パレードである。
 朝鮮通信使は江戸時代に12回、毎回4~500名の使節団が来日し、
 国家間の外交にとどまらず、学問、芸術を通じた豊かな文化交流が実現した。
 「朝鮮通信使」を新しく現代風に復活させた祭りである、
   到彼岸寺 毘盧遮那如来坐像
 (とうひがんじ びるしゃなにょらいぞう)
 
 朝鮮では、8世紀中頃から鉄仏が作られはじめた。さらに像に銘文が刻まれるようになり、仏像の編年に貴重な資料となった。
 この到彼岸寺(江原道鉄源郡東松面)の仏像は、新羅時代の865年に造られたことが銘されている。 

   img027.jpg
   座高 91cm 865年造成 
  
 お顔はこれまでの像とは異なり、現実的な人間の顔を持つことから考えて、当時の禅宗の高僧をモデルにしたかも知れない。
 8世紀後半から9世紀にかけて作られた毘盧遮那仏は華厳と禅の密接な関係のもとに地方豪族の支持を得て成立した。
 それまでの首都慶州中心の画一的な様式を抜け出し、江原道や全羅道など地方に多様な様式の仏像が作られた。
 この如来像の銘文によれば、「信徒千五百余名が結縁して、金石の如き堅い志をもって勤め、労苦を覚えず」造成したとある。
 これは、自営農・豪族たちの強い自立心と自信を示す如来像である。
 地方に社会的・政治的な諸階層の進出が見られ、「地方の時代」が始まったことを物語っている。
         和太鼓

 10月21日、22日の両日、
 東大和「上北台公民館まつり」があった。
 両日ともに台風の接近にともない、
 あいにくの雨で見学者は少なかった。
 それでも、舞台出演者は日頃の練習成果を
 発揮するため一生懸命であった。
 突然、舞台会場から和太鼓の音が聞こえて来た!
  東大和市民ネットクラブの展示コーナーで
 スマホによる動画撮影とそれを画面に映し出す
 実技を手伝うため、その場にいた筆者は、
 すぐさま撮影したのが次の動画である。
 ご覧ください。



 音楽と動作を同時に見られる動画は迫力がある。
 写真や文章だけでは絶対に表現できない、
 スマホで簡単に動画が撮れる、
 何と便利なことか!